PETAについて


アメリカ、ヴァージニア州に本部を構えるPETA(People for the Ethical Treatment of Animals/動物の倫理的な扱いを求める人々)は、一九八〇年に創設されました。現在八十五万人の会員を抱える、世界最大規模のアニマルライツ団体です。PETAは「動物は、人間が食べるためのものでも、着るためのものでも、実験するためのものでも、娯楽に用いるためのものでもない」というポリシーにもとづき、畜産業、アパレル産業、動物実験施設、娯楽産業などをターゲットに運動を行ってきました。PETAは、畜産施設や大学や企業の実験室に潜入して盗撮した動物虐待の映像を、ビデオやウェブサイト上で積極的に公開しています。この映像を見たのがきっかけで、多くの人が肉食をやめたり、アニマルライツ運動への参加を始めたりしています。最近は動物実験を行っていない旨が表示されている化粧品を多く見かけるようになりましたが、これもPETAのキャンペーンのおかげです。PETAの働きかけによって、ベネトン、エイボン、レブロン、エスティローダー、ロレアルなど多くの大手化粧品メーカーが動物実験を廃止しています。
PETAはこれまでに数多くの運動を行ってきました。KFC(ケンタッキーフライドチキン)によるニワトリ虐待に反対する「KFC Cruelty」キャンペーンもそのひとつです。PETAは、KFCと提携するウエスト・ヴァージニア州の養鶏業者の施設に潜入して撮影した映像を公開しました。その結果、同社(ピルグリムスプライド社)は虐待を行ったすべての従業員を解雇しました。いかにKFCがニワトリを残酷な方法で飼育し、虐待し、そのあげくに虐殺しているかは、PETAのチラシに詳しく書かれています。「KFC Cruelty」の抗議デモは世界各地で行われており、日本でも二〇〇三年に東京・渋谷のKFC店鋪前で実施されました。意外なことに日本国内のKFC店鋪数は、米国に次いで世界で二番目に多いのだそうです。一連のキャンペーンの結果、KFCは動物福祉の精神に基づいたニワトリの扱い方の新基準を発表しました。しかし、残念なことに実施には移されていないようです。

KFC
KFC Cruelty
PETAは会員向けに『アニマル・タイムズ』という会報を発行しています。『アニマル・タイムズ』は非常にコマーシャルでポップなデザインのために、一見するとまるで音楽情報誌のようです。パメラ・アンダーソン、ポール・マッカートニー、ピンク、ジャネット・ジャクソンをはじめとするアーティストやスポーツ選手らセレブが毎回誌面を飾っています。彼らはベジタリアンであったりアニマルライツの運動に貢献していたりという理由で掲載されているのです。最新号には、アブリル・ラヴィーンがバスに豆乳を積んでツアーを回ったとか、俳優のクリストファー・ウォーケンがインタビューで動物園やサーカスのあり方に異議を唱えた、などといった記事が載っています。二〇〇五年夏の号は、表紙がポール・マッカートニーで、彼のインタビューも載っています。PETAは今年で創立二五周年を迎えますが、ポールは「二五年前にはアニマルライツについて話しても誰にも分かってもらえなかったけど、PETAのおかげで人間が他の生き物に対してどんな酷いことをしているかよく理解されるようになった」と述べています。
写真家であり、またポールとともに音楽活動も行ってきたリンダ・マッカートニー(亡き前妻)は、動物愛護や環境保護の運動を積極的に行っていました。ポールとリンダがPETAと深く関わるようになったきっかけは、一九八八年にPETAの後援によりニューヨークで開催された「ロック・アゲインスト・ファー」(毛皮に反対するロック)という名の慈善コンサートだったといいます。このコンサートには、B-52、クリッシー・ハインド、リナ・ラヴィッチらが出演しました。彼らはみなアニマルライツの支持者です。PETAの活動に共感したリンダとポールの二人は、以降、PETAを積極的に支持するようになりました。そして二人は、剃刀メーカーが行っている動物実験に反対したり、TV番組の賞品として毛皮をプレゼントすることを中止させたりといったPETAのキャンペーンに参加してきました。リンダはヴィーガン向けの料理本も出版しています。また、「もし食肉処理場の壁がガラス張りだったら、世界中の人々がべジタリアンになるでしょう」という有名な言葉も残しています。『アニマル・タイムズ』にはヴィーガン向けの日用品のカタログや、料理のレシピなどがカラフルな写真入りで載っています。PETAは、すべての生物への「思いやりのある」ヴィーガンのライフスタイルを推奨しています。例えば動物実験を行っていない企業の化粧品や洗剤、毛皮や皮革の代替品など、ヴィーガンにとって役立つ情報を提供してくれます。PETAは、べジタリアンやヴィーガンは、その人自身、動物、そして地球環境にとってより優しいライフスタイルだと述べています。
PETAの活動はどれも、とてもよく組織化されています。会報ももちろんですが、キャンペーン用ポスター、キャッチコピー、グッズ、すべてがユーモアにあふれ、かつデザイン的にも優れたものです。PETAのデモの中でもっともよく知られているのはヌード・デモでしょう。これは「動物の毛皮は動物たちのものであり人間が身につけるものではない」という主張のもとに、「毛皮を着るくらいなら裸になろう」とプラカードや横断幕を持った男女が行進するものです。また、ポスターでもPETAの趣旨に賛同する有名人やモデルがヌードを披露しています。最近のPETAの毛皮反対ポスターには、バスケットボール選手のデニス・ロッドマンが起用されています。彼は全身のタトゥーをあらわに一糸まとわぬ姿でロダンの彫刻「考える人」のポーズをとっています。キャッチコピーは「ミンクではなくインク(タトゥーの墨)にしよう」というウィットに富んだものです。また、頭髪の薄いコメディアンのデヴィッド・クロスが、やはり全裸でファッションショーのキャットウォークを歩いているポスターもあります。彼の体毛はかなり濃く、キャッチコピーは「自分の毛皮を身につけよう」です。PETAは毛皮に反対する有名人を率先してキャンペーン・ポスターに起用する一方で、ジェニファー・ロペスをはじめとする、いまだに毛皮を着続けている意識の低い人間に対しては猛烈に攻撃しています。
毛皮反対
毛皮反対
二〇〇五年の一月、原宿GAP前の交差点で、PETA主催の毛皮反対キャンペーンが行われました。「KFC Cruelty」デモに続き、私が参加した二度目のPETA主催デモでした。GAP前では、来日したPETAの女性スタッフ二名に加え日本人の女性運動家二名がいずれも黒いドレスを身につけ、毛皮を剥がれて鮮血に染まったキツネの死体の模型を持って抗議の声をあげました。これは同キャンペーンで使われたポスター「これは、あなたの毛皮のコートの残りです」を再現したものです。ポスターのモデルを務めるのは歌手のソフィー・エリス・ベクスターで、同じように黒いドレスを着て毛皮を剥がれた動物の死体を手にしています。この写真を撮影したのはポール・マッカートニーの娘のメアリー・マッカートニーです。モデルも写真家も、PETAの主旨に賛同する人たちです。このポスターはショッキングなものですが、さらにデモでは模型とはいえキツネの死体を見せることで、道行く人々の目に強烈なインパクトを与えました。
また二〇〇五年八月には、PETA主催のベネトン・ボイコットデモが表参道のベネトン前で行われました。これは、ベネトンがオーストラリアの羊毛業界の動物虐待に加担していることに対する抗議デモでした。PETAは二〇〇四年一〇月からオーストラリア産ウールをボイコットするデモを世界各地で行っています。オーストラリアの羊毛業界では、「ミュールシング」という残酷な方法で羊毛を刈っており、また生きた羊を船に詰め込み劣悪な条件のもとで中東に輸送しています。PETAはこうした手段で入手された羊毛を使用しないように、アパレル業界に訴えてきました。「ミュールシング」とは、麻酔を用いずに植木バサミで羊の臀部の皮と肉をはぎとるという、オーストラリア農民の間で行われている残虐行為です。PETAの働きかけにより、すでにアバクロンビー&フィッチ、ティンバーランド、リミテッド・ブランズ、アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ、ニュールック、ジョージといった英米の有名ブランドからはオーストラリア産ウールを使用しないという好意的な解答が得られましたが、ベネトンだけは頑なに拒み続けていました。PETAヨーロッパ支部のコーディネーターのジョディ・ラックリーは「ユナイテッド・カラー・オブ・ベネトンとは、おとなしい羊の真っ赤な血の色のことです」と述べています。当日のデモは、ジョディともう一名のPETAの女性スタッフ、そして数名の日本人運動家が加わって行われました。赤、黄、緑、青、紫にそれぞれ全身をペイントした五名が、「ユナイテッド・カラー・オブ・動物虐待」と書かれた横断幕を持ち、ベネトンの店鋪前で「ボイコット・ベネトン!」と叫びながらアピールしました。入店しようとする客には、血だらけの羊の写真を掲載したパンフレットが手渡されました。開始後三十分ほどで警官隊が駆けつけて制止したため、デモはあえなく終了しました。平日ということで通行人も店の客も少なめでしたが、TBSをはじめ多くのマスコミが取材に押し寄せました。ベネトンのカラーを皮肉った五色のボディ・ペインティング、横断幕のキャッチコピーといい、さすがにPETAらしい完成度の高いパフォーマンスでした。このデモは世界中を巡回しており、東京に続いてシンガポール、香港、ソウル、ニューデリーと、アジア各地でも行われました。追記。二〇〇五年九月にPETAが発表した情報によると、PETAとオーストラリア羊毛生産者協会(AWGA)との間の新たな合意にベネトンが賛同したことから、PETAはこの世界規模のキャンペーンの中止を決定しました。合意には、ミュールシングの段階的な廃止、オーストラリアから羊を生態輸出する際の衛生基準の改善などが盛り込まれています。

一九七〇年代後半から八〇年代初頭にかけて、多くのミュージシャンがアニマルライツについて考えるようになった背景には、当時ALFやPETAなどの国際的なアニマルライツ団体が積極的に活動を始めたということがあります。ALFはもともと一九六〇年代~七〇年代に活動していたイギリスの狩猟妨害団体のひとつ、バンド・オブ・マーシーを母体にしています。バンド・オブ・マーシーはラボ(動物実験施設)をターゲットにした活動を行い、首領格の二人はラボ放火の罪で逮捕されましたが、出獄後の一九七六年にALF(Animal Liberation Front/動物解放戦線)を結成しました。
一九八〇年にはアメリカでPETAが創立されました。PETAは当初からアニマルライツの趣旨に賛同する多くのミュージシャンたちと交流しながら運動を盛り上げています。八〇年代には反戦・反核などを唱えるハードコアパンクのバンドが多く登場しましたが、その中からも動物実験反対を主張するバンドが出てきています。八〇年代後半になると、グラインドコアやデスメタルといったメタルとハードコアが合体した過激なアンダーグラウンドな音楽が台頭しました。ナパーム・デス、カーカス、アガソクソルス、テロライザーなどは、アニマルライツをテーマにした曲を発表しています。カーカスというバンド名は「動物の死骸」を意味していますが、彼らの最初のアルバムは死体写真のコラージュでした。これは問題になり、後に別のジャケットと差し替えられました。カーカスのメンバーがベジタリアンであることを知っていれば、この死体ジャケットは単なるグロテスクな死体嗜好ではなくアニマルライツの強いメッセージを持ったものだということがわかるでしょう。ナパーム・デスのマーク・バーニィー・グリーナウェイはPETAのサポーターでもあり、PETAのウェブサイトにインタビューも掲載されています。それによると、彼がベジタリアンになったきっかけは、一四歳の時に学校で見せられた食肉市場のビデオでした。ショックを受けた彼は、それ以降、肉を食べることを一切やめたそうです。
またPETAから得た情報をもとに、動物実験を行っている製品の購入や使用もやめたそうです。また彼は、イギリスのブライトンにある動物の皮革を一切使用しないヴィーガン向けの靴店「ベジタリアン・シューズ」を推薦しています。二〇〇二年にナパーム・デスはSHAC(Stop Huntingdon Animal Cruelty)をサポートするショウを行いました。SHACとは、動物実験の委託業者HLS(Huntingdon Life Science)を廃業に追い込むことを目的に、英米で活動するグループです。SHACはHLSに動物実験を委託する企業や、HLSに融資する銀行などに対して、大規模なデモや攻撃を行っています。ナパーム・デスらの精神を受け継ぎ、欧米のグラインドコア・シーンではアニマルライツを標榜するバンドが多く現れました。それらのバンドのメンバーの多くがべジタリアンやヴィーガンです。九〇年代にはフォビア、キャトル・ディカピテーション、アサックなど、工場畜産や肉食について強烈な批判を浴びせるバンドが次々と登場しています。アニマルライツの運動は、単に過激な動物愛護運動の一形態ではありません。アニマルライツとは、肉を食べない、革製品を身につけない、動物実験を行っている製品は買わない、などといった日常のライフスタイルが伴って初めて成立するものではないでしょうか。私がそれを知ることができたのは、グラインドコア・シーンで活躍する人々と接して、彼らの生き方を見てきたおかげです。

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