ある日、自転車で近所の商店街を走っていると、ペットショップの店先にケージに入った茶色のニワトリを見つけました。しかし数日後に再び行ってみると、ニワトリの姿はありませんでした。誰かに買われたのかと思い店の人に尋ねると、ニワトリはお客さんからの預かりものですでに返してしまった、と説明されました。
そのときニワトリを飼いたいと思ったかどうかは、自分でもはっきり覚えていません。普段の生活でニワトリを見かけることはあまりないので、珍しく思っただけかもしれません。鶏肉を食べているにもかかわらずニワトリが珍しいとはおかしな話ですが、都会では生きたニワトリを見る機会はめったにないのです。
それ以来、ニワトリのことが気になり始め、近所に鳥を売っている店があることを思い出したので行ってみることにしました。それは古い木造の二階建て住宅で、外も中も壁面が見えないぐらいに鳥かごが積み上げられた得体の知れない店でした。そもそもペットショップなのか、趣味で飼育しているペットを陳列しているだけなのかもはっきりしません。狭いケージにいろんな種類の鳥たちが身動きもできないぐらいに詰め込まれており、めったに掃除をしてもらえないのか底面にはふんが積もっています。店先には、配合飼料とふんの臭いが混じり合って漂い、道ゆく人たちが眉をしかめるほどです。
店外にはチャボ、キジ、ウズラ、白鳩、ウサギ、ハクビシンなどがいました。店内には名前も聞いたことのないような珍しい野鳥もいます。外に並べられた鳥たちと比較すると、店内の野鳥たちは世話が行き届いているようでした。外は西日が当たって地獄のような暑さなのに、店内は空調が効いていてとても涼しく快適です。どうやらここの店主は野鳥たちを大事にしていて、外の鳥たちのことはどうでもいいようです。
蒸し暑さでくたびれている様子のニワトリを眺めていると、店内から作務衣を着た年老いた店主が出てきて、「それはサザナミというチャボだ」と説明してくれました(後で調べたところチャボの品種にサザナミというものはなく、正しい名称は鈴波のようです)。
店主は、二階のベランダに張った金網の罠で野鳥を捕獲して卵を産ませて増やしているのだ、という話を自慢げにしました。野鳥を捕獲することも卵を採ることも鳥獣保護法に抵触しているはずですが、当時の私はそのような知識を持ち合わせておらず、「そうですか」とただ聞くだけでした。店主はもともと大工だったらしく、店の鳥かごはすべて自作のものだと言いました。私は狭いケージに詰め込まれた四羽のチャボを見ているうち、なんだか気の毒になり四羽とも買うことにしました。四羽のうち二羽がオス、二羽がメスでした。飼育方法を簡単に説明してもらい、店主のバイクでチャボを自宅まで運んでもらいました。
鳥を飼うのは私にとって初めての経験でした。実物のチャボを見たこともそれまでありませんでした。庭に犬猫用のケージを設置し、中に四羽のチャボを入れてみました。「棒を渡しておくとその上にとまって寝る」と店主に言われたので、木の棒を何本か拾ってきて中に入れました。それから数時間、ケージを庭に出していましたが、結局家の中に移動しました。数日後には、ケージの中に閉じ込めておくのはかわいそうな気がして、部屋の中や庭で放し飼いにすることにしました。
チャボは愛玩用に小型化された家禽です。我が家のチャボは銀鈴波という種類で、羽毛は白と茶のまだら模様です。資料によると、チャボは江戸時代初期にインドシナ半島から中国を経て日本にもたらされました。国内だけで三〇近くの種類のチャボがおり、その多くは文政年間に作られたそうです。チャボはニワトリと比べて脚が短く、丸っこくかわいらしい体つきをしています。銀鈴波は日本独自の種類で、昭和一六年に天然記念物に指定されています。江戸・東京を中心に愛好家が多いとのことです。
我が家に来た当初、チャボはみなおびえていました。特に一羽のオスは小刻みに体をぶるぶる震わせていました。店でよほど酷い扱いを受けて人間不信になっていたのでしょうか。それとも元来チャボは臆病な性格の動物なのでしょうか。頭が天井につかえるぐらい狭いケージに何ヵ月も(あるいは何年も)詰め込まれていたせいか、みなトサカが曲がっています。羽毛も汚れていて、配合飼料の臭いがしみついていました。
しかし毎日世話をするうちに次第になめらかな羽毛に変わり、彼らも私との生活に慣れてきて今ではすっかりなついてしまいました。膝の上に飛び乗ってごはんをねだったり、私が昼寝しているとわらわらと集まってきてベッドの上で一緒に寝たりします。そのうち、ひなも生まれました。
チャボは聴覚がすぐれていて、かすかな物音にも敏感に反応して様々な声を出します。朝は日の出とともにオスが「コケコッコー」と鳴き始めます。これは近所迷惑なので、部屋の遮光カーテンをきっちりと閉めて、チャボが日の出に気づかないようにしています。
食べ物は私が用意する食事のほか、庭の土をつついたり足で掘ったりして、昆虫やミミズなどをつかまえているようです。オスが獲物を見つけると、くちばしでくわえたり落としたりを繰り返しながら「コココココ」と鳴いてメスに知らせます。すると、気づいたメスが駆け寄ってきてそれを奪って食べます。オスは優しいので、見つけた食べ物はメスに譲るのです。
メスはほぼ毎日卵を産みます。チャボの卵は薄い茶色で、普通のニワトリの卵より一回り小さめです。メスは「キーキー」と高い声を出しながら、安全に卵を産める場所を探します。たとえば部屋の隅のくずかごの中や机の上など高い場所にあるダンボール箱など、敵に見つかりにくい場所を好みます。卵を無事に産み終えると今度は「コッコッコッコッ、コケー!コッコッコッコッ、コケー!」と鳴いて、他のチャボに知らせます。またこれと同様の声は、危険を感知した時にも出します。たとえばカラスの鳴き声が聞こえたとか、野良猫の影が横切ったときなどに、この鳴き声で他のチャボに危険を知らせます。
天気のいい日にチャボを庭に出すと、砂浴びを始めます。脚で掘り返した砂を羽で全身に浴びせるのです。これは羽毛についたダニを落とす目的で行われ、チャボにとっての入浴に相当します。スズメやハトは水を浴びますが、チャボは水の代わりに砂を浴びるのです。チャボは砂浴び中に、砂や小石を拾って食べることがあります。それらはお腹にある砂嚢(そのう)という器官にためておいて、食べ物を砕いて消化するのに使われます。硬い植物の種なども砂嚢のおかげで簡単に消化することができるそうです。
チャボの足には四本の指がついていますが、オスのチャボの足の後ろ側には、けづめと呼ばれる長くて大きな爪状の突起があります。これは攻撃用の武器になります。また、オス・メスとも先のとがったくちばしを持っていますが、しばしば硬いところに先を打ち付けて手入れをしています。これはくちばしを研いでいるのではなく、ごはんを食べる時に邪魔にならないように長さを調節しているのだそうです。
養鶏場では、くちばしやけづめを焼ごてで取り除いてしまうと聞きます。ケンタッキーフライドチキンでも殺す前のニワトリに同じ処置をするそうです。これはニワトリ同士の突つき合いや喧嘩を防ぐためだそうですが、作業効率を優先させた動物虐待でしかありません。
しばらく砂浴びを続けていると、チャボはごろんと横向きに寝転がり、脚を痙攣させます。また、強い日射しを浴びると、黒目が収縮して、羽根を広げ両脚をまっすぐ伸ばしたまま動かなくなります。これらの動作に何の意味があるのかは私にはわかりません。眠る時は、屏風の上など高い所に飛び乗り、座ったままの格好で顔を羽毛につっこんで寝ます。チャボをつかまえるにはコツが必要です。チャボは驚くと羽根をばたつかせますが、そうなるとつかまえることは困難です。羽根を閉じた状態のチャボを、背後からすばやく両手で包み込むようにつかまえると、うまくいきます。そして自分の体にぴったりとくっつけると安心するようです。このつかまえ方を編み出すまでに、相当の試行錯誤が必要でした。
チャボとの共同生活に慣れた頃、クジャクバトも飼い始めました。クジャクバトは、扇形に広がった尾を持つ、全身真っ白な美しいハトです。これも愛玩用に人の手によって改良された、自然界には存在しない種類の鳥です。普通は鳥かごに入れて飼うのでしょうが、我が家では放し飼いにしています。飛ぶことはできますが、尾が重いので普通のハトのように長い距離は飛べません。
ペットショップでオスとメスのつがいを買ったのですが、ひなが二羽生まれて、現在ではクジャクバト一家は合計四羽です。クジャクバトは巣の中に卵を二つ産んで、オスとメスが交代で暖めます。一方が暖めている間、もう一方は庭に出て巣の材料となる小枝を集めたり水浴びをしたりしています。水浴びは、天気のいい日は庭に置いてある平たい皿で、雨の日や夜間は洗面所のシンクで行います。
水を浴びた後は、羽根を片方ずつ広げて乾かします。水に濡れた状態のクジャクバトの羽毛はいい匂いがします。普段から鳥の羽毛はいい匂いがするのですが、水分を含むと匂いが濃くなるようです。チャボとクジャクバトは家の中で棲み分けをしていて、夜はそれぞれ決まった場所で寝ます。しかし、チャボが配合飼料をつついているところへクジャクバトが飛んで来ることもあります。また、チャボが昼寝をしているとクジャクバトもやってきて寄り添って寝ることもあります。
クジャクバトに触れようと人間が手を出すと、「ぐるっぽ」と鳴きながら鋭いくちばしで威嚇してきますが、一定の距離を保っていれば平気です。彼らも最近はすっかり慣れて、今では頭や肩の上にも乗ってくるようになりました。クジャクバトの鳴き声ですが、チャボに比べると語彙が少ないように思われます。「ぐるっぽ」「ぶわぶわ」ぐらいしか私には聞き分けられません。時々クジャクバトと目が合うと、両方の羽根を広げて挨拶してくれることがあります。そして「ぐるっぽ」と鳴きながらその場で回転を始めます。実はこれも「挨拶」ではなく、威嚇なのかもしれません。オスがメスに求愛する時は、オスが鳩胸を前方に突き出してぐいぐいとメスににじり寄って行きます。求愛に成功すると、ピジョンミルクと呼ばれるものを砂嚢の中から吐き出して口移しに与え合います。ピジョンミルクは、母ハトがひなに与えるベビーフードにもなります。ひなが自分で配合飼料を食べられるようになるまでは、ピジョンミルクのみで育てるのです。
チャボとクジャクバトに続いて、アヒルが我が家にやって来ました。皇居のお堀で発見された迷子のアヒルが保健所に収容されているという情報をインターネットで見つけ、我が家で引き取ることにしたのです。引き取り手がいなければ殺処分されるところでした。保健所へアヒルを迎えに行き、まずその体の大きさに驚きました。真っ白な羽毛はとてもなめらかです。くちばしの色が鮮やかな黄色ではなく茶色がかっていることから判断すると、高齢のようです。体に触れようとすると大きなくちばしで威嚇してきます。手に跡が残るほどの強さで噛みついてくるので、たいへん痛いです。
このアヒルはおなかを引きずっており、保健所の職員によるとヘルニアという病気らしかったので、動物病院に連れて行き手術を受けさせました。しかし、飛び出たおなかは完全には治りませんでした。幸い命に別状はないというので、家に連れ帰りました。後日その手術を担当した獣医から、アヒルをもう一羽引き取らないかと持ちかけられました。引っ越しでペットを飼えなくなった飼い主が、安楽死を希望してアヒルを動物病院に持ち込んできたのでした。獣医は安楽死を拒否し、そして引き取り手を探していたところにたまたま私がヘルニアのアヒルを連れて現れたのでした。都心でアヒルを飼おうとする人間はあまりいるとは思えないので、今考えると不思議な巡り合わせです。
もちろん私は、その身寄りのないアヒルを引き取ることを即決しました。このアヒルは一羽目よりも体が小さく、真っ白な羽根に青や茶の羽毛が混じっています。両目は白くにごっており、どうやら白内障を患っているようです。「とてもおとなしくて鳴かないアヒルだ」と獣医は言っていましたが、これは何故かというと目がよく見えないため人間が近づいてきても気がつかないだけ
でした。人間の声が聞こえたり体に触れられたりすると、とたんに「ガーガー」と騒ぎ出します。人間に対しては警戒心が強く、よそよそしい態度を見せるアヒルですが、二羽のアヒル同士はすぐに仲良しになりました。大きいアヒルは目の悪いアヒルを気遣い、食事に誘ったりプールへ誘導したり、また野良猫や人間が近づいてきたことを知らせたりと世話をやいています。二羽は常にぴったりと寄り添って行動しています。本当に引き取ってよかったと思います。
アヒルには泳ぐ場所が必要なので世話がたいへんです。最初は大きなたらいに水を入れて庭に置いていましたが、水の入れ替え作業がやりにくいので、造園業者にプールを特注しました。体が大きいので食べる量はかなり多いです。新鮮な野菜を毎日食べさせているのですが、トマトなどの値段が高いことが悩むところです。鳴き声もとても大きく、耳をつんざくほどのうるささです。しかしアヒルが鳴くのは朝晩の食事を催促する時や人間が近づいた時ぐらいで、それ以外はいたって静かでおとなしくしているので、塀の外を走る車の騒音に比較すれば何でもありません。
アヒルは水鳥なので、陸上を歩くのはあまり上手ではありません。プールの周辺がアヒルの生活空間です。濡れた土の上をぺたぺたと歩きながら、くちばしを突っ込んでは何か食べるものを探します。特にミミズが大好物らしく、ちゅるちゅると美味しそうにすすって食べています。最初のうちは野良猫の夜襲を恐れてアヒルをパーゴラに入れて寝かせていましたが、現在は夜間でも庭に出しっぱなしにしています。アヒルほど体が大きければ、野良猫もあえて襲ってこようとはしないのです。一方、チャボやクジャクバトにとって野良猫はたいへん危険な存在です。カラスが木の上から狙っていることもあります。そのため、チャボやクジャクバトを外へ出す時は常に監視していなければなりません。
そして、本書執筆中に家族が一羽増えました。全身真っ黒のオスのウコッケイです。痩せこけたウコッケイが千葉県内の車道の中央分離帯に住み着いており、保護しなければ車に轢かれるおそれがある、という情報を家族がネットで見つけました。ペットとして飼われていたウコッケイが、何らかの理由でそこに置き去りにされたようです。発見者と千葉県警の署員が捕獲を試みたのですが、逃げ足が早いため失敗に終わったそうです。
ウコッケイを引き取りたい旨を発見者に伝えて、さっそく現場に向かいました。昼間は交通量が多く危険なので、夜になってから行くことにしました。また、日の入り後ならウコッケイは寝静まっているはずなので、昼間の活発な時間よりも簡単に捕獲できそうな気がしたのです。現場は最寄り駅から車で二〇分くらいのところで、両側車線の幅も広く整備された道路です。中央分離帯に植え込みがあり、そのどこかにウコッケイが潜んでいるのでした。植え込みはかなり遠くまで続いており、また薄暗いため黒いウコッケイの姿はまったく見えません。懐中電灯をたずさえ、植え込みの中を照らしながらくまなく探して行くことにしました。
しかし、端から端まで探してもウコッケイは見つかりませんでした。半分諦めながら歩いていると、植え込みの上に黒い影を発見しました。ずっと下ばかりに気をとられていたため気がつかなかったのですが、ウコッケイは植え込みの上で寝ていたのです。これも高い場所に上がって寝る鳥の習性なのでした。そっと忍び寄って捕まえようとすると、人間の気配に気づいたウコッケイは「コケー」と叫んで一目散に逃げ出しました。
その小さな黒い影を私たちが追いかけます。すぐ側を車が走り抜けていくので、みんな命がけです。植え込みの中に逃げ込んだウコッケイは、木の枝で手が届かないので捕まえようがありません。しばらく待っているとひょっこり飛び出してくるのですが、追いかけるとまた中に隠れてしまう、これの繰り返しでした。
結局、車道を横切って脇の歩道まで追い詰めたところでやっと捕まえました。捕まえた感触では予想していたほど痩せておらず、がっしりとした体格をしていました。おそらくこれまで草や地中の昆虫などを食べていたのでしょう。また車道の真ん中では犬や猫などの天敵に襲われることもないので生き延びてこられたのでしょう。
ウコッケイは漢字で「烏骨鶏」と書きます。「烏」とはカラスのことで、「黒」を意味します。ウコッケイは羽毛だけでなく骨、肉、内臓も黒いので、こう呼ばれているそうです。チャボと同様、愛玩用のニワトリとして品種改良されたもので、中国か東南アジアが原産のようです。昭和一七年に天然記念物に指定されています。ウコッケイはチャボやニワトリと同じキジ目キジ科に属していますが、ウコッケイ固有の特徴があります。まず、体全体が羽毛に覆われています。またトサカの形状がチャボやニワトリと違っており、独特のクルミ状のトサカが眉間に付いています。そして、チャボやニワトリの指の数は四本であるのに対し、ウコッケイの指は五本あります。
家に連れて帰った翌日、野外生活が長く感染症などの病気や怪我のおそれがあるということで、念のためウコッケイを動物病院に連れて行き健康診断を受けました。
結果、まったく異常がないことが分かったため、我が家の他の鳥たちと対面させました。ウコッケイはチャボの三~四倍も体が大きく、力も強いです。しかし、以前から住んでいるオスのチャボが縄張りを主張して、新参者のウコッケイに果敢にも向かって行きます。最初はウコッケイの方も応戦していましたが、徐々に喧嘩を避けてみずから退くようになりました。こうして徐々に仲良くなってくれれば良いと思います。
最初のうちはチャボの一羽のオスがウコッケイを威嚇していましたが、ある時、形成逆転してウコッケイがチャボを負かしてしまいました。それからというもの、ウコッケイが天下を取ったかのように暴れてチャボのオスを虐めるようになったので、仕方なく新たにウコッケイのメスを買うことにしました。ウコッケイのメスがやって来ると、ウコッケイのオスは前よりは落ち着きましたがチャボのオスと顔を会わすとケンカを始めてしまうので、チャボとウコッケイは別の場所で飼う事になったのです。